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永見隆幸ゲスト出演 Live at 名古屋能楽堂 [NAGAMI Takayuki - sensei]


2012年3月31日(土)

東日本大震災被災地支援コンサート
第一部、第二部、ともに大勢のお客様がお越しくださいました。

心より御礼申し上げます。


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I've Got You Under My Skin/NAGAMI Takayuki

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I've Got You Under My Skin/NAGAMI Takayuki

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All Of Me/NAGAMI Takayuki &Tsuge Marie (left)

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All Of Me/NAGAMI Takayuki (center) TSUGE Marie (left) METSUGI Kyoko (right)

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The Lady Is A Tramp (solo)/NAGAMI Takayuki

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The Lady Is A Tramp (trio)/NAGAMI Takayuki &Marie T.(left) Kyoko M.(right)

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The Lady Is A Tramp (trio)/NAGAMI Takayuki &Marie (left) Kyoko (right)

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The Lady Is A Tramp (trio)/NAGAMI Takayuki &Marie (left) Kyoko(right)

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The Lady Is A Tramp (trio)/NAGAMI Takayuki &Marie (left) Kyoko (right)

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The Lady Is A Tramp (trio)/NAGAMI Takayuki

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That's All/NAGAMI Takayuki (left) Marie&Kyoko (right)

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That's All/NAGAMI Takayuki (right) Marie (left)&Kyoko

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That's All/NAGAMI Takayuki &Marie (left) Kyoko (right)



万雷の拍手喝采をいただきました。



お目にかかってご挨拶したいというお客様がいらっしゃり、永見先生は早々に楽屋を後にされましたが、やはり… ご面識のない方からも握手攻めにあっておられました。


「感動しました。」 「美しいお声と豊かな声量にうっとりしました。」 「トキメキました。ホントにウマイ。」 「曲による歌い分けが見事。すてきな解釈でした。」 「よい歌を有難うございます。」

そのほか

「たくさんの英語をどうやって覚えるんですか。」 「よく、あれだけ速いテンポの曲を、しかも英語で、機関銃のように歌えますね。」 「MCも最高でした」etc.

何も語らず、ただただ何度も何度も お辞儀をなさる女性も…



でも なぜだか 居心地の悪そうな永見先生。

曰く、「もちろん有難いし、嬉しいですよ。 でも、お膳立てしたのは自分ではありませんし… しかも、この舞台は、プロではない有志のスタッフの方々に、手弁当で 支えていただいて成立しているのですから。」ですって。



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厳かな雰囲気を漂わせる公演前の名古屋能楽堂。





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名古屋能楽堂 総木曾檜造りの能舞台 地方自治体が運営している能楽堂としては世界最大

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ジャズ・シンガーのマユミ・ロウさんが客席に!
大須演芸場でも永見先生の歌をお聴きになっていて、そのうえメリー・アーティスツ・カンパニーの公演も聴いてくださり、舞台もご覧いただいていたとのこと… 大感激!!


そして客席には もう お一方、名古屋出身のジャズ・ボーカル yuki さんも…





アメリカはシアトルから駆けつけたのが ジェイ・トーマスさん。 音楽の実力も、ステキな人柄も、説明は不要だと思いますが、この公演に、お父様、マーヴィン・トーマス(Marvin Thomas)さんを お連れになっていらっしゃいました。

ジャズ・ミュージシャンであるマーヴィンさんが、公演後、I will never forget the name "Nagami". とおっしゃり、永見先生の名刺を ご所望に…





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リハーサル中の永見隆幸先生



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NAGAMI Takayuki at the rehearsal




~感動を呼んだビッグ・サプライズ~

諸般の事情により3月のスケジュールを全てキャンセルし、能楽堂のステージにも上れないはずだったサックス奏者 池田篤さんが急遽出演されることに!!!

アンコールで永見隆幸先生と共演なさいました。
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NAGAMI Takayuki (Vo) &IKEDA Atsushi (As)

アンコールは永見先生の十八番 『SMILE~スマイル』!
この公演の棹尾を飾るのにふさわしい名曲です。



以前、公演のパンフレットに掲載された永見先生の文章は
たいへんすばらしく、この曲の全てを物語っています。



"SMILE" for Everyone   永見隆幸


皆さんはチャールズ・スペンサー・チャップリン・ジュニアをご存知でしょうか。 そう、バスター・キートンやハロルド・ロイドと並んで「世界の三大喜劇王」のひとりとして名高い、皆さん御存知の、あのチャーリー・チャップリンのことです。 幾度も来日して、日本贔屓だったチャップリン…

彼はアドルフ・ヒトラーを皮肉った映画『独裁者』で有名ですが、実は、チャップリンの生れた年と月は、ヒトラーと同じ、1889年4月です。 誕生日はチャップリンの方が4日早いのですけれど。

マイケル・ジャクソンが歌った『スマイル』は、チャップリンが1936年の映画『モダン・タイムズ』のラスト・シーンのために作曲したもので、彼の後の映画にも使われました。 1954年に、ジョン・ターナーとジェフリー・パーソンズが歌詞を付け、1955年にはナット"キング"コールが録音して大ヒットを記録。 マイケル・ジャクソンが最も愛した歌『スマイル』は、それをカヴァーしたものです。
 
「喜劇王」という呼び名のイメージには程遠く、彼は実にドラマティックな人生を歩みました。

1936年に発表された『モダン・タイムス』や『独裁者』の頃から、率直にファシズムを批判するチャップリンの姿勢に対して、先鋭的な左翼右翼両派からの批判が激しくなって行きます。 アメリカの市民権を持たないイギリス人だったことも反感を買う一因でした。

第二次世界大戦が終結すると、東側諸国との冷戦が始まり、彼の作風は共産主義を容認するものとして非難の的になりました。 特に1947年公開の『殺人狂時代』以降、バッシングは酷くなる一方でしたが、1948年、フランス映画批評家協会は彼をノーベル平和賞に推薦しています。

1950年代に入って、魔女狩りのように「赤の恐怖」を煽っていたジョセフ・マッカーシー上院議員と結託する下院の「非米活動調査委員会」から、彼は何度も召喚命令を受けました。 そして遂に1952年、『ライムライト』のロンドンでのプレミアのためにイギリスに向かう途中、あろうことか、時のトルーマン政権の司法長官が、移民局に対してチャップリンの再入国ヴィザを拒否するように指示し、事実上の国外追放になりました。 この時チャップリンは、「二度とアメリカには戻らない。」そう誓ったといいます。

アメリカを去ったチャップリンは映画の出演も少なくなり、スイス西部ブベーのブドウ畑が広がる緑多き高台からレマン湖を望む広大な邸宅「マノワール・ド・バン」に移り住んで、妻ウーナや八人の子供たちに囲まれて幸せな晩年を送りました。 世界的な名士として敬愛され、ピアニストのクララ・ハスキル、チェロ奏者のパブロ・カザルス、詩人のジャン・コクトーら、交友関係にも恵まれました。

1962 年に、チャップリンはオックスフォード大学より名誉博士号を受けます。
1964 年には『チャップリン自伝』が出版され、空前のベストセラーに。
1965年、「エラスムス賞」を受賞。
エラスムスはルネサンス時代を代表する人文主義者で、ネーデルランドのロッテルダム出身の神学者、
ヒューマニズムの先駆者として知られています。「エラスムス賞」受賞者には、哲学者のヤスパース、画家のオスカー・ココシュカ、映画監督のベルイマン、彫刻家のヘンリ・ムーア、作曲家のオリヴィエ・メシアン、人類学者のレヴィ=ストロース、振付家のモーリス・ヴェジャール、音楽家のグスタフ・レオンハルト、指揮者のベルナルト・ハイティンクらが名を連ねています。
1971年、フランス政府よりレジオン・ドヌール勲章、パリ市議会からは名誉市民の称号を授与されました。


チャップリンが去って、アメリカでは誰も何もしなかったのでしょうか…

いいえ!

「ニューヨーカー」誌の映画評論家ブレンダン・ギルは"チャップリンをアメリカに里帰りさせよう"と提案し、フィルム・ソサエティのマーティン・シーガル会長が折衝に当り、ロックフェラー家も この計画に積極的に関りました。 そして半年がかりのその計画がまとまりかけた頃、ある団体が動いたのです。

1972年、追放されて20年、再びアメリカの地を踏むきっかけになったのは、第44回アカデミー賞。

そこでチャップリンは2度目の特別名誉賞を受賞します。 これは、「彼を守り切れなかったアメリカ映画界からの事実上の謝罪」と、「映画を20世紀の芸術にまで高めたチャップリンの"はかりしれない"功績に対しての授賞」でした。

アカデミーのダラダッシュ会長は、「チャップリンとは、単なる個人の氏名を超えるもの。"チャップリン"は映画用語の一つである」と賛辞を述べ、オスカー像が手渡された時にスタンディング・オベーションが5分以上にもわたって続くという、今でも他に類を見ない最大の祝福を受けることになります。

鳴り止まぬ拍手に、83歳のチャップリンは涙ぐみながら、「感激です。このような招待を受けたことを光栄に思います」と述べ、「サンキュー」と付け加えるのがやっとのことでした。 「この年齢まで彼が生きていてくれたことが、アメリカに誤りを正す機会を与えてくれたのだ」と報道したメディアもあって、アカデミー賞史上、最も感動的な場面だと言われています。

アカデミー賞授賞式の大取リを飾ったチャップリン。 その時、ゲスト全員で歌われたのが、彼自身の作曲による この曲 "スマイル" だったのです。



スマイル…

 
微笑もう 心が痛んでいても
微笑もう 例え心が折れそうになっていても
空に雲が立ち込めても
君は切り抜けられるさ
怖くても 悲しくても…
微笑んだら
明日は お日さまが顔を出して輝いてくれる
君のために

喜びに顔を輝かせ
悲しみの痕を少しも見せずにいよう
例え涙が今直ぐ零れそうでも
そんな時こそ頑張り続けて
微笑もう
泣いたって どうなるものでもない
「人生には生きるだけの価値が未だある」と君は気付くさ
もし 微笑んだなら…



「死」と同じように避けられないものがある。 それは 生きることだ。
(チャーリー・チャップリン)


by NAGAMI Takayuki, musician & writer





池田篤さんが先陣を切ってスマイルをワン・コーラス、
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永見先生の歌 『スマイル』と続き、



水野修平さんによる素晴らしいアレンジでスマイルの名演を披露。



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池田篤さんに語りかけるように歌う永見隆幸先生。


フィナーレは 永見隆幸先生の歌に池田篤さんのオブリガートという 贅沢でゴージャスな“スマイル”を聴かせていただきました。

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Encore"SMILE"/NAGAMI Takayuki (Vo) &IKEDA Atsushi (As-obbligato)



すばらしいアーティストの皆さんと、すてきな仲間たちによる感動のステージ。 みごとな舞台で、人の輪が大きくつながったような気がします。 私も胸がいっぱいになりました。 音楽って、ホント、いいですよね。





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